[ 2018/6/13 ]
以前も書いた気がするが、友人の結婚式2次会で、
挨拶をした 新婦の友人が 「私は新婦の親友です。
例え 新婦が 凶悪犯罪を起こしたとしても、ずっと
親友で居続けられる と思います。」 と言っていた。
この例えが、めでたい席で、という話は別にして、
凄い表現だなぁ〜と、今でも 心に残っている。
私には そんな親友は居ないし、家族にだって
そんな深い気持ちは 持っていない。

まあ「走れメロス」の様な お話は、私には別世界だ。
ただ、この「走れメロス」を書いた、太宰治は、
作品の内容とは 懸け離れた人間なのは有名な話。
溜まってしまった 宿代酒代の身代わりに、友人を
宿に人質として留まらせ、自分は借金をしに出掛けた
井伏鱒二宅で、のんびり将棋を指していたらしい。
激怒した友人に、太宰が言った言葉は有名だ。

「待つ身が辛いかね。 待たせる身が辛いかね。」
ラジオで そんな話を誰かがしていて、挨拶の話と
ダブって思い出され、私は太宰と同類だなぁ〜
でも、津軽の人って、皆 こんな いい加減な
人間ばかりじゃ ないですよ ・・・


[ 2018/6/4 ]
高校のクラス会の連絡が届いた。
以前は 4年に1回、オリンピックの年にやっていたが、
最近は2年に1回だが、もう8年位 故郷に帰ってない。
今年も欠席せざるを得ないだろう ・・
さすがに8年も帰ってないと、津軽弁も スムーズに
出て来ないだろう。 周りの人には、すぐに戻れるね、
と言われても、もう本物の津軽弁ではない。

identity (アイディンティティ) という英語があるが、
日本語には、一言で表現出来る言葉が無い。
無理に一言で訳せば 「身元」 って事になるのか?
確かに イギリス人は、旅行者のパスポートの様に、
自らを証明する為の、identification 「識別証」の様な
ものを持っていた。  免許証や保険証とは違う。

identity を 辞書で引くと、時や場面を超えて、一個の
人格として・・とか、自己を自己として確信する自我の・・
とか、難しい事が書いてあるが、
では、私の identity とは、津軽人という事なのか?
確かに、ねぷたばやし に、血湧き肉踊るし、
高橋竹山の津軽三味線の、コロコロ転がる音色と
リズム感に、やっぱり 血湧き肉踊るので、
津軽の血が流れている、と感じる。

しかし、先日ラジオで、移民の人達の、変動する
identity の話を聞いて、とても感じる言葉があった。
彼等にとって、identity は、変化するもの、プロセス
だと言うのだ。 なるほどねぇ〜 ・・・


[ 2018/5/27 ]
季節の影響だろうか? 疲れが取れない。
休日どころか、休憩時間も無い状態なので当然だが ・・
もう少しで高齢者の仲間入りをする。 ちょっと嬉しい。
自営業で、貯蓄も無いので、老後というものは無い。
倒れるまで働くと思う。 仕事があるなら
今の仕事を続けて行く事に、何の抵抗も無いし、
女房の病気を抱えているので、大きな変化は望めない。

ただ、今まで、もし自分に老後と言うものがあったら?
と 空想する事は無かったのだが、最近そんな事を
空想する様になった。
ビルの内部の清掃業をしている知人が居るが、
不景気の煽りを受けて、仕事が減っているらしい。
まあ、元々掃除は自分でやっていたものだからねぇ〜

病院で付き添いをしていたり、色々な施設に通ったり、
そんな所で 気になるのが、ちょっとした設備の修理や
改善に、手が廻らない様で、スタッフも利用者も、
随分 不便を感じる事が多い。 今も居るのか知らないが、
学校の用務員さん の様な人が居ればいいのに、
と思うのだ。 老後は用務員さんっての、あこがれる。
でも、脚立から落ちて骨折したりすると、労災だとかで、
今は、安全面で問題も多く、難しいのかも知れない? ・・


[ 2018/5/19 ]
女房は 長期間の投薬で、薬の耐性が出来てきたのか?
効きが悪くなってきた。 何か治療方法は無いものかと、
2ヶ所の大学病院に相談したが、とても冷たい対応だった。
まあ、難しすぎて 手に負えない、失敗例を作りたくない、
と考えるのも分かる。 研究材料とし都合の良い、
従順なモルモットではない事は 確かだから ・・

それに対し、リハビリの先生は、若く 経験が乏しいから、
と言う事もあるが、ひたすら一生懸命 勉強して、
考えて やってくれる。 症状が悪化しているので、
又、違う方向からの アプローチが始まった。
とにかく 一度も見逃したくない、と思うほど、
毎回 充実した内容だ。 でも 本当は、笑顔が素敵な
明るく楽しい人なのに、とんでもなく厄介な患者の
担当に なってしまって 可哀想だ。
希望に燃えた 若い活力を、潰してしまうんじゃないか
と、不安に思う事がある。

ラジオ深夜便に、校長先生までやった、お婆さんが
出ていた。 学校を卒様して、希望に燃えて
教師になったものの、現実の厳しさに 心が折れて
もう 教員は続けられない、と悩んでいた時、
生徒が病気で欠席した。 欠席の連絡の為、
学校に来た母親が、大学出たての新人教師の前で、
廊下に土下座して 謝ったのだそうだ。 
当時の国民の教育に対する考えが、そうだったとは言え、
その行動に 大きく心を動かされ、
生涯 教職を続ける決心をしたらしい。

リハビリの先生も、優秀で将来性のある大切な若者だ。
女房の訓練の契約期間中には、症状は改善しないかも
知れない。 そうなると結局 先生には、失敗体験として
心に残るだろう ・・・ でも、必ず元気になって、
「おかげさまで、すっかり元気になりました。」 と、
手紙でも出して、最終的には 成功体験として、
先生の心に刻み込まれて欲しい、と願っている。
それが 我々に出来る 唯一の恩返しだと思うのだ ・・・


[ 2018/5/11 ]
随分 前の事だけど、ニュースを聞いていて、
気付いた事がある。 男女2人の加害者と、
男女2人の被害者の関わる事件。
まだ実名は公表出来ないのだろう。
男とか女とか呼んでいるのだが、面白い事に、
加害者側は、男、女、と呼んでいるのに対し、
被害者側は、男性、女性と呼んでいるのだ。

確かに、「男」 「女」と呼ぶと 悪者らしく、
「男性」 「女性」と呼ぶと善人に聞こえる。
でも、これって演出だよねぇ〜 ・・
ニュースなんだから、事実を報道すべきで、
妙な演出は、すべきではないと思うんだが?
だって、事件の真実を辿っていったら、
実は被害者側が 加害者だった、という
逆転劇だって考えられる訳で、
そしたら急に呼び方を変えるんだろうか?
男の男性とか、男性の男とか?

外国の報道では どうしてるんだろう?
最近のニュースは演出を加えている事が多く、
危険だなぁ〜と思うのだ。 ・・・


[ 2018/5/2 ]
靴下を買おうと、ホームセンターに入ろうとしたら、
入り口に、大型のショッピングカートが 5〜6台
散乱していた。 それを 追いかけて 60歳位の
オバサンが、必死に掻き集めている。

「どうしたの?」 「奥にあった、小型のカートを
取ろうとして、手前の大型のを引っ張り出したら
坂になってて、全部 出ちゃったんだよ!」
「ハハハ・・こりゃ 1人じゃ無理だよ、
やってやるから、小型の取り出して!」 と、
大型カートを掻き集めて、元に戻してやった。

「すみません、ありがとうございました」 と、
お礼を言われ、いい気分で店内に入った。
・・のだが ・・ 一連の騒ぎで、
一体 何を買いに来たのか? 
全く思い出せなくなってしまった。
暫く、店内をウロウロしたが思い出せず、
何も買わずに、車に戻ったら、ハッと思い出した。
くっそう〜!親切心なんか出さなきゃ良かった ・・


[ 2018/4/24 ]
1人で作業をしていて、もう1本 手が欲しい!
と思う事が、しょっちゅう ある。 何故 人間は
手が3本へと進化しなかったの? 昔の人は
もう1本手が欲しいと 思わなかったんだろうか?

しかし考えてみると、昔とまで言わなくても、
ついこの前まで、我々の3K業界にも、
仕事を覚えたい、という若者がいて、
少ない金額でも仕事をする人達も居たのだ。
だから何も、もう1本 手が欲しいと思う必要も
無かったのだろう。

ましてや
人を道具として使う 奴隷制度があった時代は
押さえてもらえばいい、手伝わせればいい、
最終的には、全部やらせればいい、
こんな便利な道具は無い、という事だろう。

しかし 人類が他の動物と決定的に違う進化を
遂げたのは、道具を使い、道具を作り、更に
道具を作る為の 道具を作って行った事らしい。
そして、それを突き詰めて行くと、人間そのものを
道具として使うのが 最高の方法だ、となる。

奴隷制度は廃止されたが、
人類最大の過ちであり、
しかし最先端の進化を遂げた武器として、
人間を、武器そのものとして使う、
特攻隊や自爆テロへと 進化したのは、
何と言う皮肉なんだろう ・・・


[ 2018/4/16 ]
小冊子に、学校の先生のコラムがあって、
学校の校訓は 「清く 正しく 美しく」 と言う様な
抽象的なものが多い。 「誠実」 「思いやり」など
繰り返して言えば言うほど 「空虚」になる様な
ものもある。 その言葉から、何をイメージして
何を子供達と共有するかが、一番問題なのだ。
と 書いてあった。

ふ〜ん 、そうかなぁ〜?
私は子供が居ないので、よく分からないけど
「清く正しく美しく」の、どこが抽象的なんだろう?
「清く 正しく」 は分かるとしても、「美しく」 が、
どっかの政治家に 「美しい国 日本」 なんて
使われたから、意味不明なものになったのか?
「誠実」 「思いやり」 の、どこが空虚なんだろう?
そこから 何も イメージ出来ないんだろうか?

では、具体的な教訓とは? 例えば 宮沢賢治の
雨ニモ マケズ 風ニモ マケズ ・・ ヨク ミキキシ
ワカリ ソシテ ワスレズ ・・ みたいなのかな?
確かに ・・一日ニ 玄米四合ト ・・とか
具体的な 数値が書いてあるしね。
でも、「清く 正しく 美しく」 って、何歳になっても
人生の目標なんじゃ ないだろうか?
それを 子供の頃に、心のどこかに記憶させて
おく事は、とても大切な事だと思うのだが ・・・


[ 2018/4/9 ]
市役所に行ったら、中が ごった返していた。
何だ? ・・ そうか、4月か ・・
転入届とかで、凄い事になってるんだぁ〜。
そう言えば、ラジオの番組編成も 随分変わった。
お気に入りで聞いていた番組が無くなったり、
ナレーターが変わったりしている。

私の場合、番組よりもナレーターの声が好きで
聞いている場合が多いので、番組が続いても
ナレーターが変わると、聞かなくなる事もある。
その一つに、NHK教育放送で、たった5分間、
簡単な英語のストーリーを紹介する番組、
エンジョイ シンプル イングリッシュ がある。
5日分 まとめた放送が 土曜日にあるので、
たまに録音して聞いていた。

ナレーションをしていたのが、肘井美佳という人。
英語のストーリーは、さっぱり分からないけど、
番組の 始めと終わりに、ほんの少し入る、
この人のナレーションが好きで、この人の声と、
話し方が好きで、ずっと聞いていた。
残念ながら、3月で番組を卒業してしまった。
結局、もう 番組を聞かなくなってしまった ・・・


[ 2018/3/30 ]
「平成」の次の元号は、是非 大和言葉に すべき
と、力説する友人が居るのだが、大和言葉って
どんなのだったっけ? ・・まあ、音読み 訓読みの、
訓読みの方が 「大和言葉」と思えば簡単かな?
音読みの方は 「漢語」って事になるんだろう。

新幹線の「こだま」 「ひかり」の次は 「希望」の
予定だったらしいが、阿川弘之の意見で、
大和言葉の 「のぞみ」 になったらしい。
確かに 「希望」じゃ、つまんなかったね〜 ・・

ここの所、活字もネットも 見る気がしないし、
梅も桜も、目に入っても、綺麗と思わなくなって、
網膜に映っても、心の窓が開いてないと
感動しないんだ、という事を実感している。

ただ、耳だけは活動して、ラジオは聞いている。
すると 「調べ」 という言葉が聞こえてきた。 
「調べ」 か ・・大和言葉だよね ・・ 
音の響き、震え、音に関する言葉だけど、
それだけじゃない。 動き、変化 ・・ 例えば
季節の変化、心の抑揚、をも感じさせる
広い意味を感じさせる言葉だよね〜

これって、日本人だから、そう感じるんだろうか? 
でも、日本人って定義も怪しいので、
その考え方も怪しいなぁ〜?
ただ 私は、この「調べ」って言葉の再発見で、
ふさいでいた心が、少し踊っているのだ ・・・


[ 2018/3/23 ]
昨日、ふとした事で、昨年 静岡の病院で
付き添いをしていた時の、若い女性患者の事を
思い出した。 デイルームで食べる 朝食の時、
いつも隣のテーブルに座っていた4人組の女性の
中の1人で、20歳位の 長い黒髪の綺麗な女性だ。

一見 何でも無さそうでも、皆 何かしら病気を持って
いる訳で、その女性も、4人で仲良く食べているが、
ちょっと暗く、いつも隣に座る我々にも、一応 会釈
する程度だ。 そんな ある朝、女房が使っている、
「チューブでバター」のキャップを落としてしまい、
それが 大きく円を描いて転がって、ちょうど その
女性の足元に近付いたので、その子が手を出して
転がるキャップを キャッチした。 
思わず、「ナイスキャッチ!」 と言ったら、
今まで 全く見せなかった満面の笑みを浮かべた。
ただ その後も、笑顔を見せる事は無かった。

そのまま、我々の退院の日も近付いた ある日、
いつもの様に、女房を支えながら、病棟の廊下で
歩行練習をしていたら、後ろから声がした。
「いつも 歩くのを見ているけど、どんどん上手く
歩ける様になって行くのが 分かりますよ。」
何と、今まで 声も聞いた事が無かった 彼女が
声を掛けてくれた。 びっくりして、かしこまって
「あっ、ありがとう ございます!」 

ほどなく 我々は退院したのだが、
ほんの ささやかな出来事だったけど、
とても温かくて、大切な体験だった様に感じて、
もう彼女と 会う事も無いだろうが、
幸せになって欲しい、と 願うのだ。 ・・・
 

[ 2018/3/16 ]
今朝、リハビリに行く車の中で、女房が
「今日は 何の日か知ってる?」 「えっ? あっ!
もしかして誕生日、還暦だぁ〜!」
長年 病院通いで、受付から 支払いまで 私が
代行しているので、自分の誕生日よりも、
確認の為の女房の生年月日を 口にしている
事が多いのだが、やはり実感としては、記憶
していない様だ。 

リハビリの先生に 「今日は記念日なんです
誕生日。 還暦なんです」
「えぇ〜! それは おめでとうございます!
あっ! 父は1月生まれだけど、来年 還暦
なんです」 ・・良かった ・・お父さんで ・・
お爺さんと一緒 なんて 言われなくて ・・

膝蓋骨骨折後の、先生の リハビリに取り組む
姿勢は、更に真剣味が増して、その集中力は
もう、付入る隙を与えてくれない。 おかげで
小便に行けず辛かった。 今は 先生の形の
模倣から、先生が今、何を感じ、何故この動作を
しているのか? という事を 少し意識出来る様に
なってきた。 いつも 「私は まだまだです」 が
口癖の先生だが、頭も良く、記憶力も良く、
しかし その根本は、とても良い人だ。
本当に 信頼に値する人だ。

この 張り詰めた 緊張感に 耐えられない
患者も居るだろう。 
でも女房は、この緊張感を楽しんでいる様だ。
暗闇の中で 微細な光を見出す様に ・・・
 

[ 2018/3/8 ]
久し振りに 税理士の先生が来た。
数え切れない 病院通いで、先生と呼ぶ人は
名前を覚えられない程いるけど、その中で
女性は2人。 税理士の先生と、リハビリの先生。
年齢差は 35歳近いが、2人には共通点が多く、
2人とも、心から先生と呼べる人だ。

共通点の一つは、正直な人。 勿論 人の心は
読めないけれど、2人とも 心の中が見える程、
笑っちゃう程、正直で、何とも 可愛らしい。

二つ目は、自分の仕事に信念を持って、真剣に
取り組んで、生き生きと輝いている。
税理士の先生は、色々セミナーを開催したりと
活躍している。 リハビリの先生は、勉強熱心で
講習会等に参加して、知識 技術を磨き、患者の
一語一句を聞き逃さず、自宅で 復習 予習をして
次回のリハビリに向き合っている。
輝きは、さすがに 若い リハビリの先生が、
生き生きの3乗位、生き生きしていて、その輝きは
まぶしい程だ。 人って本当に輝きを放つんだぁ〜!

三つ目は、2人とも 人懐っこい。 人が好きなんだ。
税理士の先生は、人生経験も 話題も豊富で、
頭も良く、言語能力も高く、とにかく楽しい人だ。
上から目線は 微塵も無く、しかし先生と
呼ばれる事に対する違和感も持っていない。
純粋に 人と人の付き合いだ。  それは
大きく年齢の違う リハビリの先生も同様で、
障害者や老人に対しても、自然に溶け込んでいく。

税理士の先生は、経営の指導者として活躍して
いるし、リハビリの先生も、将来は 間違いなく
インストラクターになる人だと思う。
2人の 輝く女性に共通しているのは、
決して 肩肘張って 生きて行く事ではなく、
純粋に、人が好き という 人懐っこさだと思う ・・・


[ 2018/3/2 ]
骨折から4週間、 2/3位 骨が出来てきたので、
もう大丈夫と、先週末 装具が外れた。
かなり自由になったが、筋肉が衰えていたのに
更に1ヶ月 動かしていないので、支えないと
歩けない状態で、行動範囲が増えた事で、
結局 更に手間が掛かってしまう。

トイレは、ベッド横の簡易トイレを使い、1日おきに
シャワーを浴びる。これがもう 一大イベントになる。
更に 出来るだけ運動も しなければならない。
ただ私も 大分要領を得てきて、結構 素早く
色々な事を こなせる様になってきた。 そして
市役所の更新も済ませ、1ヶ月 中断していた
リハビリも 今日から再開した。 
出来るだけ早く、プロにやってもらいたかった。

希望通り、同じ施設、そして同じ先生が担当。
実は 前もって、今までのお礼と経過報告、そして
是非 同じ先生にやってもらいたいと、ラブレターを
出しておいたのだ。 悲しそうな目をして別れた
先生は、最高に嬉しそうな目をして向かえてくれた。

先生が、この施設に移動してきて
最初に受け持ったのが 女房だったのだ。
最初は、慣れない施設の設備に 戸惑っていた
先生を見て、大丈夫かな? この お姉ちゃん ・・
と思ったが、1〜2週間もすると、この人 結構優秀!
そして今では、この先生じゃなきゃ駄目! ・・
今日の女房は大満足。 1ヶ月間、私がやってきた
全てを否定し、歩く時に支える 腕の持ち方も
全然違う! と、言いたい放題 ・・・


[ 2018/2/20 ]
膝蓋骨骨折から 3週間経った。 割れの拡大は
無いが、まだ骨は出来てきていないので、
あと1週間以上は 装具を付けて、膝を曲げず、
足も付けずの状態が続く。 100%介護状態が続き、
私の方も、精神的にも 経済的にも、ボディーブロー
の様に効いてきて、どんどん気力が失われていく。

何より、新聞 テレビ ラジオ等の情報を拒否する。
何か新しい情報が入ると、どうしても考えてしまう。
その考える行為を拒否しているのだ。 とにかく
目先の やるべき事だけやる。 何も考えたくない。

夜中に何度も起こされる。 トイレ、身体拭き、
着替え、床ずれ部位のマッサージ等をすると、
約1時間近く掛かる。 
その後、身体は疲れているが、脳が起きていて、
眠れなかったりする。 ウトウトした頃、又起こされる。
まるで拷問の様なものだ。

来月からの リハビリ再開の為に、ケアマネージャーと
再契約手続きをする。 介護施設の現状について
色々話を聞く。 全く 施設や要員が足りない状態で、
重症患者や、老老介護の人達の ウエイティングで、
我々の様な 軽い障害?では、それに肖れるのは
全く不可能の様だ。 その現状を知っている
ケアマネージャーは、若いのに、お先真っ暗な現実を
目の当たりにして、ちょっと 可愛そうだとも思った。


[ 2018/2/13 ]
今度は、私が インフルエンザにかかってしまった。
勿論、無理に無理が重なっている事もあるし、
色々な病院を渡り歩いているので、どっかで
拾ってしまったのだろう。 しょっちゅう風邪を
ひいてるので、大した事は無い と思っていたら、
どんどん悪化するので病院に行ったら、あっさり。
処置が遅かったので、その後も長引いて最悪。
その間も、移るの覚悟で、せっせと介護をしてた。

実は、女房は、骨折の前日、血液検査で、
引っ掛かって、これから色々 検査をしなければ
ならなかった。 でも膝が曲がらないので、検査は
延期、とりあえず 明日は胃カメラ、便の検査、
来月初めCT検査、膝が曲がる様になったら
大腸カメラ と、ただでも痛みで動けないのに、
大変な事が続く。

膝は、割れの隙間が若干拡がっていた、不安。
まだ、この隙間なら骨は出来るので、今週が大事、
との事だが ・・ せめて膝だけは、すんなり治って
欲しい。 本来の胸の痛みに、膝が加わり、肩も
そして床ずれの お尻の痛みで、凄い事になってる。
出来る事は、床ずれの お尻を ひたすらマッサージ。
一日に数時間。動けないなら 外から動かしてやる。
マッサージをしていると、少し落ち着いて来る。

テレビは勿論、新聞もラジオも聞いてない。
何も見る気も、聞く気も 起きない。 ひたすら
目の前の事をやるだけ、食事も台所で立ち食いを
する事が多い。 それだけ忙しい。 何で? と
思うだろうが、説明は面倒だ。 ただ そうなのだ。
未来に対する不安は殆ど無い。なるようになるだけ。
しかし、未来に希望が無いのに、どうして人間は
生きていけるのだろう?  恐らくそれは、
法政大学総長の田中優子のコラムにあった、
二重構造になっている、江戸の社会構造に共通
している、人間の二重構造にある様な気がする。

又、難しい話を しやがって、と お思いだろうが、
一月ほど前に、そうか! と、腑に落ちた事なのだ。


[ 2018/2/3 ]
女房の膝蓋骨骨折から 1週間経ったが、
内出血は、ほぼ止まって、もう血を抜く必要は無い。
レントゲン結果も、割れた骨に若干のズレはあるが、
この程度なら手術の必要は無い。 今のところ
変形も無く順調だが、骨が出来てくるまでは、
3〜4週間掛かるので、それまでは装具で固定する。
反対の足が人工関節で、寝たきりが続いていたので、
筋力が衰えて、片足で立てないので、結局 100%
介護が必要な事に変わりは無い。

リハビリの一時中断手続きをした。市の補助金で
やっているので、再契約になり、再開出来ても、
同じ施設になる保障は無いし、ましてや先生は
誰になるか分からない。 理学療法士は、直接
患者の身体に接して、長期間 治療をする為、
療法士の知識、技術、経験は重要で、それ以上に
人間性、そして患者との相性は重要な問題だ。
だから、薬剤以上の効果もあるし、逆に症状が
悪化する事もあるらしい。 ・・確かに ・・ なので

今回の先生に出会えた事は、とてもラッキーな
事だったのだ。 そのチャンスを潰してしまった。
先生の目は、心を写す鏡で、まるで漫画の様に、
嬉しい目、寂しい目、??の時の目、と変わる。
こんなに 心模様が目に表れる人も、珍しい。
きっと 正直で心の綺麗な人なのだろう。 
そんな先生が、とても悲しそうな目をしたので、
胸が締め付けられ、うわぁ〜 ごめんなさい!
「申し訳ございません!」と不祥事を起こした
企業のトップの様に、最敬礼をしていた。 ・・・


[ 2018/1/29 ]
女房の歩行訓練の為、自宅周辺を歩いていた時、
女房が つまずいて転倒。 運動靴を変えた事と、
支えなくても 1人で歩けそうな感じがしてきた事から、
横に居ながら油断してしまった。 膝から落ちて
膝蓋骨骨折。 とりあえず完全に割れてはいないので、
曲がらない様に装具で固定し安静にすれば、
4週間で固まるだろう、との事だが、女房の場合は
更に掛かるだろう。 かなり内出血をして、今日も
相当 抜いた。 ベッド横に置いた、簡易トイレにも
移れないので、100%介護が必要になり、
全く 仕事が出来なくなってしまった。 

せっかく リハビリをして元気が出てきて、来週から
回数を増やして頑張りましょうと、先生とも話して
いた 矢先の出来事だった。 あまりにも突然の
目の前で起こった出来事。 その全ての原因を
自分が作ってしまった事。 
コツコツと積み重ねて来たものが、一気に崩れて
しまった ショックを受けている。 
女房より、私が立ち直れない って感じ ・・

という訳で、しばらくHPの更新も出来ないと思います。


[ 2018/1/19 ]
昨年末、2輪の操縦安定性の実車試験に
携わってきた人が、会社の上層部の人から、
これからは AIの活用で、ライダーによる操縦安定性の
実車試験は不要になるだろう、と言われた。
我々の仕事も 無くなりそうだよ、と言っていた。

ほぉ〜! 凄い時代が来たもんだ ・・
私も、確かに 開発業務は、そうなって行くかも知れない
と思うのだが、しかし それに先行する研究業務こそが
人間によって行われるべきものだと思うのだが?
その上層部の人には、例えば オートバイの操縦性の
理想の姿が見えているのだろうか?

人間の感覚は、手指を飛び越えて、ペン先の書き味に、
ナイフの切れ味に、タイヤの接地面に、意識出来る。
勿論それは錯覚なのだが ・・
人間の、最も人間たらしめる事、
それは、現実の世界の中に、見えない世界を見る事
ではないだろうか? 理想の姿、それは どんどん
変化し進歩していく、その見えない世界を追い求めて
行く限り、人間は より人間らしく進化して行くのだと思う。

人間による実車試験が不要、という考えにしか至らない
人こそ、AI に 取って代わってもらった方がいいのでは?


[ 2018/1/12 ]
運動療法の為、リハビリに通っている女房だが、
車の中では、苦痛に顔を歪めていたのに、
リハビリが始まると、今泣いた烏が もう笑う 様に、
ス〜ッと 穏やかな表情になり、普段は 全く触れない程
痛い部分を、ぐりぐり マッサージされても 寝てしまう程だ。

勿論、先生の優れた技術の賜物だろうが、どうも
それだけではない、いや それ以上の大きな力が、
心の安堵を誘っている様に思える。 それは、
女房も口にする、先生の綺麗な目の力だと思うのだ。 
勿論 メイクもしているだろうが、そんな外観ではなく、
プリズムでもあって、心の中が 瞳に映っている様な、
透き通るような 美しい瞳なのだ。 
しかも、とても 人懐っこい目なので、
全てを委ねられる 安心感があり、その目に
吸い込まれる様に、女房の心も 落ち着くのだろう。

ひるがえって、人間より 犬が好きだ、という女房は、
どんな犬に対しても、上から威圧する事無く、
犬と一緒の視線で接し、同じ 空間 時間を、
共に居る喜びを 分かち合っている様に思える。
そして その心は、どんな犬にも伝わる様だ。

では何故、我が身を削って介護をしている私に対して
冷たい態度を とるのか?・・ 恐らく それは、
私の女房に対する 愛情の「愛」は、とっくに消え去り、
かろうじて 「情(なさけ)」だけで 対応している
私の心を 見透かされているからだろうか?
・・・ こわぁ〜! ・・・


[ 2018/1/2 ]
YoueTubeで、現在は お婆さんになっている歌手の
昔の若い頃の映像を見ると、画質が向上したせいか、
とても綺麗に見える。 下に書いてあるコメントにも、
「こんなに綺麗な女性だったんですね〜、久し振りに
胸がキュンとしました。」 なんて書いてあるので、
そう感じるのは、私だけでは 無さそうだ。

ところで、「胸キュン」という言葉は、いつ誰が
発明したのか知らないが、素晴らしい言葉だと思う。
恐らく、それまでの日本語では、
「胸が締め付けられる思い」 とか 言うんだろうが、
しかし、この表現は、否定的な悲しい気持ちにも
使うだろう。 でも「胸キュン」は、せつない気持ち
ではあるけれど、あくまで肯定的な意味だと思う。
この気持ちを 説明しようとすると、長文になるはず、
それを、たった一言 「胸キュン」で表現してるのが凄い!

しかも「胸キュン」は、どんなに高齢者でも
感じる気持ちではないだろうか? 確かに私も
一瞬「胸キュン」になる事がある。 勿論それは
一瞬で終わるのだが ・・ まあ 「胸キュン」が
続いたら、心筋梗塞で倒れるか、犯罪に繋がる
かも知れないので 危険だが ・・

「胸キュン」って、今は死語なんだろうか?
こんな素晴らしい言葉は、永久に日本語として
保存して欲しいと思うのだ ・・・