[ 2018/1/19 ]
昨年末、2輪の操縦安定性の実車試験に
携わってきた人が、会社の上層部の人から、
これからは AIの活用で、ライダーによる操縦安定性の
実車試験は不要になるだろう、と言われた。
我々の仕事も 無くなりそうだよ、と言っていた。

ほぉ〜! 凄い時代が来たもんだ ・・
私も、確かに 開発業務は、そうなって行くかも知れない
と思うのだが、しかし それに先行する研究業務こそが
人間によって行われるべきものだと思うのだが?
その上層部の人には、例えば オートバイの操縦性の
理想の姿が見えているのだろうか?

人間の感覚は、手指を飛び越えて、ペン先の書き味に、
ナイフの切れ味に、タイヤの接地面に、意識出来る。
勿論それは錯覚なのだが ・・
人間の、最も人間たらしめる事、
それは、現実の世界の中に、見えない世界を見る事
ではないだろうか? 理想の姿、それは どんどん
変化し進歩していく、その見えない世界を追い求めて
行く限り、人間は より人間らしく進化して行くのだと思う。

人間による実車試験が不要、という考えにしか至らない
人こそ、AI に 取って代わってもらった方がいいのでは?


[ 2018/1/12 ]
運動療法の為、リハビリに通っている女房だが、
車の中では、苦痛に顔を歪めていたのに、
リハビリが始まると、今泣いた烏が もう笑う 様に、
ス〜ッと 穏やかな表情になり、普段は 全く触れない程
痛い部分を、ぐりぐり マッサージされても 寝てしまう程だ。

勿論、先生の優れた技術の賜物だろうが、どうも
それだけではない、いや それ以上の大きな力が、
心の安堵を誘っている様に思える。 それは、
女房も口にする、先生の綺麗な目の力だと思うのだ。 
勿論 メイクもしているだろうが、そんな外観ではなく、
プリズムでもあって、心の中が 瞳に映っている様な、
透き通るような 美しい瞳なのだ。 
しかも、とても 人懐っこい目なので、
全てを委ねられる 安心感があり、その目に
吸い込まれる様に、女房の心も 落ち着くのだろう。

ひるがえって、人間より 犬が好きだ、という女房は、
どんな犬に対しても、上から威圧する事無く、
犬と一緒の視線で接し、同じ 空間 時間を、
共に居る喜びを 分かち合っている様に思える。
そして その心は、どんな犬にも伝わる様だ。

では何故、我が身を削って介護をしている私に対して
冷たい態度を とるのか?・・ 恐らく それは、
私の女房に対する 愛情の「愛」は、とっくに消え去り、
かろうじて 「情(なさけ)」だけで 対応している
私の心を 見透かされているからだろうか?
・・・ こわぁ〜! ・・・


[ 2018/1/2 ]
YoueTubeで、現在は お婆さんになっている歌手の
昔の若い頃の映像を見ると、画質が向上したせいか、
とても綺麗に見える。 下に書いてあるコメントにも、
「こんなに綺麗な女性だったんですね〜、久し振りに
胸がキュンとしました。」 なんて書いてあるので、
そう感じるのは、私だけでは 無さそうだ。

ところで、「胸キュン」という言葉は、いつ誰が
発明したのか知らないが、素晴らしい言葉だと思う。
恐らく、それまでの日本語では、
「胸が締め付けられる思い」 とか 言うんだろうが、
しかし、この表現は、否定的な悲しい気持ちにも
使うだろう。 でも「胸キュン」は、せつない気持ち
ではあるけれど、あくまで肯定的な意味だと思う。
この気持ちを 説明しようとすると、長文になるはず、
それを、たった一言 「胸キュン」で表現してるのが凄い!

しかも「胸キュン」は、どんなに高齢者でも
感じる気持ちではないだろうか? 確かに私も
一瞬「胸キュン」になる事がある。 勿論それは
一瞬で終わるのだが ・・ まあ 「胸キュン」が
続いたら、心筋梗塞で倒れるか、犯罪に繋がる
かも知れないので 危険だが ・・

「胸キュン」って、今は死語なんだろうか?
こんな素晴らしい言葉は、永久に日本語として
保存して欲しいと思うのだ ・・・